ささみソテーの話
料理に対する要求度は高い。
必ずしも常日頃というわけではないが、何が食べたいか?と聞かれた場合は遠慮なく答えることにしている。この日は妻が休日ということもあって、仕事にいく朝に今晩のご飯のリクエストを聞いてきた。
「そりゃあ高たんぱくでお馴染みの鶏むね肉のソテーでしょう。」
声高々に言い放ち、車を走らせた。週に2回のジム通い、ボクシングジムだが重きをおいているのはウェイトトレーニング。特にベンチプレスには一上入魂と言わんばかりに気合を入れている。いや、もちろんシャドーもミットも本気だが。これでもかと筋繊維を傷めつけた後はタンパク質だ。ちょうどその日はジムの日。ガシガシ鍛えてタンパク質でスパークさせたい。
全力を出し切り、帰宅。トマトが煮込まれた甘い香り。これはトマトソースだな。鶏むね肉のソテーにトマトソース。ベストマッチじゃないか。今夜はイタリアンナイトと洒落込むつもりだな。扉を開けるとジュワーっと細いむね肉を焼いている。細い?
「あれ、それむね肉?」
「いや、ささみやで。」
ほう。意外な答え。聞いてみるとささみが特売でむね肉の倍のサイズで価格が1/2ほどだったとか。それはファインプレーだ。アレクサも驚きの自己判断能力に歓喜する。しかしささみはたんぱくな上、筋も入っている。どう調理するつもりか。
滑らかな動きで冷蔵庫からかけるタイプのゴーダチーズを取り出し、両面焼いたささみ肉に散らし、オーブンに投入。そう来たか。となるとあとは、論理的帰結。先日家庭菜園から収穫したばかりのバジルの葉。お見事。
「いただきます。」
「どうぞどうぞ。」
華やかな見た目は食欲をそそる。とりわけ赤は挑発的だ。ナイフを入れると驚くべきほど簡単に切り分けられた。ひと手間を惜しんではいないようだ。とろりととろけるチーズをのせて口に運ぶ。言うまでもないが、ささみのタンパクさにチーズの組み合わせは試合を決定づけるビッグプレーだ。さらに酸味のあるトマトソース。しつこさを感じる前に仕事をしてくれる。さらに自家製バジルが追い打ちをかける。それはもう地中海の風そのもの。ティレニアンウィンドといっても過言じゃない。
筋肉が喜ぶ前に舌が感嘆している。焼き茄子のつけあわせも世界観にあっている。満足気に楽しんでいると妻が問いかけてきた。
「次なに作ってくれんの?」
「む?」
ボーノな夜は簡単に終わりそうにない。