マクシヴァンの話
先日、誕生日を迎えた。
不惑を迎える年の誕生日会は妻の研修先としてついていった東京で。以前から行きたかった六本木のワインとフレンチのお店、マクシヴァンにお邪魔させていただいた。著名なソムリエの佐藤陽一さんがオーナーを務めるお店でソムリエ協会での軽妙な講演を拝聴したときから来店を夢見ていたのだ。そういう経緯もあってワクワクで扉を開いた。
ワインの空き瓶がたっぷりと並ぶアンティークな雰囲気の温かみと、どこか懐かしさを感じる店内。いわゆる高級フレンチのような整然としたイメージとは真逆だ。フランスの片田舎のビストロみたいなものを意識されてるのだろうか。さておき肩肘張らなくてもよさそうな雰囲気は食事を大いに楽しめるので胸は高鳴る。
佐藤氏にテーブルに案内される際、ムッシュとマダム呼ばれまんざらでもない2人になる。ムッシュと言えばかまやつになるのだろうが、こちとら関西人、とりわけ大阪人なのでムッシュは85年タイガース優勝監督、吉田義男氏を想像させる。どちらにせよ聞きなれない敬称はむずがゆくも楽しいものだった。
さて料理である。まずはシャンパーニュにアミューズと嫌が応にも気分をアゲるしかないコンボを叩きこまれる。あれ、コース電話で予約したっけな?と思ったがそのあとにコースを聞きに来る戦法だった。シュワワッといい感じでアルコール効かされた後にそんなもの訪ねられたら、こちらも関西人の端くれとして「いっちゃん高いの持ってき~!」と言わんばかりに松コースを選ぶしかない。といっても品数だけの問題だが。
サンセールのさわやかな白からはじまり、料理に合ったワインを流れるようにサーブするスタイルはオーナーソムリエのビストロならでは。まずはあれこれ語らず、一度注いで我々だけで楽しんだ余韻のあとに、ひと言だけワインの説明。軽妙さは講演時といささかも変わらず、料理とおしゃべりを楽しませることに軸足を置かれている。
メイン料理の前に、松コースにしかない特別な一皿と呼ばれるメニューが到着した。それが写真にある馬肉のタルタルだ。牛肉のユッケが食べられなくって久しいが、馬肉ならOK。もちろんユッケの味付けではない。ひと口頬張ると馬肉かと疑うほど癖のない香り。食感は適度な弾力のあるやわらかさ。食感の楽しさ、おいしさを満額味合うなら十分な厚みが必要になる。この厚み、抜群だ。クセはないといったが肉本来の野味はある。それが旨い。削った熟成パルメザンチーズの香りも後押ししているか。
ひとくちひとくち濃厚で鮮烈。ひと口なくなるとまたひと口。これはあれだ、中毒症状だ。あっという間になくなるのでバローロを流し込む。つまり巧妙な誘いに乗ってしまったわけだ。じわぁと染み入るネッビオーロ。カラダ全体が舌になった感覚だ。全身の細胞でアルコールを浸透させている。こんな時に、妻にこの料理解説して!などと言われたもんだから、思わず「うまい肉!」としか答えられなかった。
まだまだこれからメイン料理、デザートへと続いていく「ワイン」ディングロード。グルメな夜のトリップはまだ始まったばかりだ。